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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)15号 判決

原告 峯重燃料工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、同庁昭和二十八年抗告審判第五九一号事件につき、昭和三十年一月二十七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は別紙表示の本願商標につき、第五十三類固形燃料類を指定商品として昭和二十五年三月十六日に特許庁に登録出願をしたところ、昭和二十八年三月二十日に拒絶査定を受けたので、同年四月二十日抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第五九一号事件として審理された上、昭和三十年一月二十七日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされた。

二、本願商標は分銅紋章の図形より稍々左右両側の円周の切り離しを大きくした分銅の図形を画いて成るものと言うべきところ、審決はその理由に於て別紙表示の登録第二九〇五八〇号商標を引用し、之と本願商標はその称呼及び観念が共に「フンドウ」であるから類似のものであるとしている。然しながら次の理由により審決の説くところは不当である。即ち、

(イ)  商標の類否判定の為その構成につきその心理的要素を考慮するに当つては之を付した商品が取引者需要者間に於て如何に認識されるか、又はそのように認識される恐れがあるかと言う事実のみに立脚すべきであつて、このような取引上の事実と全く離れて観念の世界に遊び単なる紋章学上の認識から出発すべきではない。然るに審決が本願商標が「分銅紋章」であつて、之より「分銅」の称呼観念が生ずるものとしたのは取引上の事実に立脚することなく徒に抽象的観念的な紋章の認識に依拠した恣意に基いたものであつて誤つている。

(ロ)  引用商標はその構成として鮮明に描出された円形を黒色に施色を限定しその中央に比較的に小さく向い半月の図形をあらわしこの部分を赤色に施色を限定して成る鍔型の態様を有するものであつて、全体として単純であつて、その指定商品との関係においては暗示的、即ち右円形部分を黒色にすることによつて指定商品を暗示し、中央の赤色の向い半月の図形により指定商品の用途(火又は炎)を暗示し全体として一種特有の鍔型の外観を有するものと言うべきである。然るに審決は引用商標の「態称からして黒色の円は背景的存在で、赤色の分銅が商標の要部」としているけれども、引用商標の前記の構成から見て之を審決の説くように分離し要部を抽出しなければならない理由は全く存せず、審決の言うところは全く理由もなしに恣意に基いて引用商標の構成を分解した上その一部分たる中央部の半月の図形を描出し、之と本願商標とを比較して両者の類否を判断したものであつて常軌を逸した不当の判断である。

(ハ)  本願商標と引用商標とは共に図形商標であるところ、図形商標の類否の判断に当つては原則としてその外観及び観念の類否についてのみ判断の基準たるべき心理的要素を求めるべきであつて、称呼の同一、類否の判断をすることは、商標の類否の判断法則上許さるべきではない。然るに審決が両商標がその外観上非類似であるとし乍ら、その称呼が同一であると判断したのは之を正当とすべき根拠を欠くものである。

(ニ)  引用商標の権利者なる東京都文京区新諏訪町二十三番地村田元次郎の営業所は昭和二十年五月二十日戦災により焼失し、之と同時に当時迄の同人の営業なる建築材料(セメント、タイル)の卸売、冷蔵庫及び棒炭等の卸売業を廃止したのであるから、右商標権は商標法第十三条により営業の廃止により消滅し不存在に帰した。尤も商標原簿には右村田元次郎が右商標権を営業と共に昭和二十八年二月二十六日に共和炭業株式会社に譲渡した旨の同年三月九日の名義変更の登録が存するけれども、村田元次郎は前記の通り昭和二十年五月二十日に廃業し、昭和二十六年十月二十八日に死亡しその相続人等も右営業をしていないのであるから右譲渡の事実は真実ではない。然るに審決が本願商標がすでに存在しない引用商標と類似することを理由として本件商標登録出願を拒否したのは不当である。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

同二の主張は争う。即ち、

本願商標は分銅紋章の図形を左右両側の円周に於て稍々大きく切り離した構図のものであるが、この図形は一見紋章図形にある「分銅」と見るのが社会通念に合致しており、取引上之を「フンドー」と称呼観念すべきであることは極めて明らかである。次に引用商標は白色の正方形紙牌内中央に黒色の円を画きその中央に赤色で「分銅」の図形を表わして成る着色限定の商標であり、取引者及び需要者間に於て之を「フンドー」(分銅)印と称呼観念している。従つて両商標はその外観上非類似であつても、その称呼観念が同一であるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否せられるべきものであつて右と異る原告の主張はいずれも失当である。

尚引用商標の権利者村田元次郎が原告主張のように廃業した事実は否認する。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところであつて、審決が理由として本願商標と別紙表示の引用商標の称呼及び観念が共に「分銅」であつて同一であるから両商標は類似しているとしていることは本件口頭弁論の全趣旨により認められる。

別紙表示の本願商標を見るに、同商標は黒色の円形の左右両端から双相に略々右円の半径を直径とする半円形を切り取つて成る図形をしていることが認められ、この図形は紋章の分銅を表わしたものと解せられる。次に同じく別紙表示の引用商標を見るに、同商標は黒色に塗り潰した円の内部の中央に於て右円の中心に向つて左右から突き出た二個の円弧と、右中心から上下へ外方に突き其た二個の円弧とを以て縦に細長い形状を作るように囲んだ内部を赤色に塗つた図形を表わして成る図形をしていることが認みられ、之によれば右商標は全体として一種の鍔の型か、二つ巴の変型又はその指定商品と関連して見れば煉炭の燃えている状況を連想させる図形のように解せられ、尚又中央の赤色部分は直立した凹レンズを横から見た形状を示しているようにも解せられるけれども、右赤色部分は右認定の通り左右から突き出た円弧と、上下へ突き出た円弧を以て囲まれた図形をしている点で本願商標と一致しているけれども、その形状が本願商標に比し著しく細長くなつており、且円形の黒地の中央に赤色を以て表わされている為に本願商標とは著しく異つており、引用商標はその全体としても又右赤色部分だけとしても到底之を以て分銅の紋章をあらわしているものとは認めることができない。

然らば両商標は審決の説くように共に「分銅」の称呼観念を生ずるが故に相類似しているとはし難く、尚両者を比較した場合に他に共通又は類似の称呼観念を生ずるものとは認め難く、又右認定の両商標の外観について観察しても、両者に同一又は類似の点を全然見出すことができないから、結局両商標は類似のものとすることができない。

然らば本願商標が引用商標と類似しているものとし、その前提の下に本件商標登録出願を拒否した審決は他の判断を待たずして失当たることを免れないものであり、その取消を求める原告の本訴請求は正当であるから之を認容すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

別紙

本件出願商標〈省略〉

引用登録商標第290580号〈省略〉

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